はじめに
前回の旅で妻の故郷・瑞浪市を巡ったのだが、そこから白狐温泉を調べていくうちに、中山道の宿場町へと興味がつながっていった。
中山道とは、東京の日本橋から京都の三条大橋までを結ぶ約530kmの江戸時代の主要道路のことだ。今でこそ車や電車、飛行機で日帰りも可能な距離だが、歩きや馬しか交通手段がなかった時代には、約1か月かかる道だったらしい。そのため全部で69箇所もの宿場が置かれ、その43番目にあたるのが今回の目的地、岐阜県中津川市の馬籠宿である。今でも残る宿場町としては、奈良井宿、妻籠宿、馬籠宿が特に有名だ。今日はその馬籠宿を目指す。
今日のルートと、見た目以上にきつそうな道
今日のルートは、名古屋 → 中津川 → 馬籠宿 → 中津川 → 名古屋。



地図上では片道18.9km、所要時間は1時間11分、獲得標高は469m。数字だけを見ると「まあ何とかなるかな」と思えるのだが、標高グラフを見ると真ん中にしっかり山がある。平坦な道ではないことは、出発前から十分伝わってきた。
今回はブロンプトンを“登り仕様”にして挑む
実際の走行データでは距離20.7km、移動時間は1時間38分55秒。高度上昇1703mという数値はさすがに高度計がおかしかった気もするが、少なくとも「目的地までほぼ登り」という感覚は間違っていなかった。
そのため今回は、前回の番外編で折り畳み自転車のブロンプトンを登り仕様に改造してきた。馬籠宿へ行くことそのものに加えて、この改造がどこまで通用するかを確かめるのも、このライドの目的だった。
中津川駅を出発。まずはギアの感触を確かめる
中津川駅に到着し、登り仕様にしたブロンプトンをパタパタと組み立ててスタート。
変速を確認しながら走ってみると、ローギアは当たり前だけどかなり軽い。2速でもまだ軽く、3速、トップが平地用という感じになりそうだった。スタート直後は緩いアップダウンがあり、その区間でギアの調子をしっかり確認することができた。
あとは本格的な登りに入ったとき、ローギアでどこまで登れるのか。それを確かめるのが、このライドのもう一つのテーマだ。
最初の激坂で、いきなり現実を見せられる

そうこうしているうちに、ひとつ目の登りに差しかかった。
歩いている外国人観光客を追い越しながら、ヒーヒー言ってローギアで登る。だが、1kmにも満たない登りなのに、結局登り切れず、降りて押し歩きをする羽目になった。

入り口から12〜13%ほどの登りで、写真の場所は17%くらいあるのではなかろうか。いずれにしても、登り仕様にしたにも関わらず登れなかったのは事実で、かなり凹んだ。
越前屋と桜に少し救われる
登り切った先には「カフェ越前屋」があって、どうやらここも昔からある休憩所だったらしい。

残念ながら定休日だったが、こういう場所が道の途中に残っているだけでも、昔から人がここでひと息ついていたのだろうなと想像できる。
少し進むと桜の木があって、凹んだ心を少し和ませてくれた。しんどい時に景色に救われるのも、自転車旅のいいところだと思う。

ここから先は、延々と続く登り
そのあとすぐまたくだるのだが、くだりも怖いくらいだった。
「帰りにまたこれを登らなくちゃいけないのか……」と少しブルーになる。
ただ、ここから先の馬籠宿までの登りは、さっきのような激坂が延々続くわけではなく、5〜6%ほどの斜度が長く続く感じだった。ここでは登り仕様にしたギアが大活躍してくれて、心拍を上げることなく、かなり楽に登ることができた。
一方で、今まで50km走っても痛くならなかったお尻が、たかだか10kmほどで痛くなったのは気になった。ギアが軽くなったことと何か関係があるのだろうか。体重がよりサドルに乗るようになったからなのか。自転車って、本当にバランスだなぁと思う。セッティングは難しい。
馬籠宿に着いて、最初に困ったのは駐輪場所だった
馬籠宿に着いてまず思ったことは、駐輪場がないということ。
仕方がないから車の駐車場のポールにでもチェーンを付けて停めようかとも考えたが、無料の駐車場は一つもない。みんなお金を払って停めているのに、そこへ勝手にタダで停めておくわけにはいかない。
まじでどうしよう……と困っていたら、有料駐車場の案内をしていたおじさんが、「自転車ここ停めときなさい」と声をかけてくれた。
「良いですか? 助かります! 幾らでしょうか?」
「いらんいらん。」
旅先でこういう親切に出会うと、本当にありがたい。おかげで、何とか安心して馬籠宿を観光することができた。

石畳の坂道を歩くと、歴史が“景色”ではなく“道”として見えてくる

馬籠宿の石畳を歩くと、タイムスリップしたかのような感覚になる。
400年ほど前は、ここが主要道路だったのかと思うと不思議な気持ちになる。トンネルなんて当然なく、山だろうが谷だろうが、その地形を活かしたまま街並みが作られている。
石畳の坂、木造の建物、道の曲がり方。どれも単に「古い町並みを再現している」という感じではなく、土地の地形の上に歴史そのものが残っている感じがした。実際に歩いてみると、この場所が本当に人の往来を支えてきた“道”だったのだと実感できる。



歴史遺産は、建物だけじゃない
今回ここへ来て一番感じたのは、歴史遺産というのは、古い建物が残っていることだけではないのだな、ということだ。
自分の足と自転車でここまで登ってきたからこそ、昔の人がこの道を歩いて越えていたという事実に現実味が出た。もし車で来ていたら、「昔ながらの綺麗な街並みだな」で終わっていたかもしれない。
でも、坂のきつさや道の曲がり方、地形の厳しさを身体で感じたことで、ここが確かに昔の主要道路だったのだと納得できた。
歴史遺産は建物単体で残るものではなく、道そのもの、土地の起伏、その場所で人が行き交ってきた時間ごと残っている。馬籠宿は、そんなことを実感させてくれる場所だった。
@re88938 岐阜県中津川にある中山道の馬籠宿。 歴史を感じれる良い場所だった。
♬ 八咫烏 – 歌謡演歌道いせや
まとめ

登りは想像以上にしんどかった。
最初の激坂では押し歩きになったし、帰りのことを考えて少し気が重くなった場面もあった。
それでも、実際に自分の力で登って辿り着いたからこそ、馬籠宿の石畳や街並みに、ただの観光地以上の重みを感じることができた。

馬籠宿は、古い町並みが残る綺麗な場所というだけじゃなく、江戸時代の旅の大変さや、人がこの土地を行き交っていた時間そのものを想像させてくれる場所だった。
石畳を歩いていると、少しだけ昔の旅人の気分になれた気がする。
またひとつ、実際に自分で行ってみないと分からない歴史の重みを感じることができた旅だった。



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